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カイロプラクティックのレシピ(その1)

更新日:12 時間前

カイロプラクティックのレシピ(その1)

 130年以上の歴史を持つカイロプラクティック。近年、世界のレジェンドと呼ばれたカイロプラクターたちが相次いでこの世を去り、業界全体の勢いが失われつつあるように感じています。

 しかし、日本にはまだ、戦後に渡米して本場の技術を持ち帰ったレジェンドたちが健在です。今ならまだ彼らに会い、その施術を肌で感じることもできます。何より驚かされるのは、彼らが決して衰えることなく、未だにさらなる高みを目指して成長し続けているという事実です。

 そんなレジェンドたちとの出会い、そして受けた施術のすべてが、私の提供するカイロプラクティックに深みを与える「隠し味」――つまり、大切なレシピとなっています。

ここで改めて、私のカイロプラクティックのレシピがどのように形作られてきたのかを整理してみました。


 始まりは小学2年生の時。車に跳ねられた後遺症で、長年さまざまな体調不良に苦しんできました。転機が訪れたのは大学生の時です。森林先生のアジャストメントを受けた際、「身体が内側から良くなっていく感覚」に、言葉にできないほどの衝撃を受けました。

 この「内側から良くなる感覚」こそが、カイロプラクティックの本質を象徴する言葉です。哲学を重んじるカイロプラクターたちに出会う前から、私は無意識のうちにこの言葉の重要性を肌で感じ、使い続けてきました。


 森林先生のランバーロールを受けた瞬間――それは、まさに私の人生が変わった瞬間でした。体調が段階的に回復していくにつれ、自分の気持ちや考え方までもが、前向きに変化していったのです。


 「世界を変える」ことは難しいと思うでしょうか? 実は、それは意外と簡単なことかもしれません。自分の意識をほんの少し変えるだけで、空の色や空気の匂い、食事の味、仲間との団欒など、日常生活のあらゆる場面で得られる感動が劇的に変わります。たとえ客観的な結果が同じだったとしても、「意識の持ち方」ひとつで世界の見え方は一変します。

幼少期から大学生まで、常に体調不良に悩まされてきた日々。もしあの苦しみがなかったら、私の人生はどうなっていただろうと考えることがあります。もっと勉学に励み、全力でスポーツを楽しみ、輝かしい青春を謳歌していたかもしれません。


「もう少し早く、カイロプラクティックに出会えていれば……」


 この世の中には、かつての私と同じ悩みを持つ人がたくさんいます。私自身、大学生になるまで「カイロプラクティック」という言葉すら知りませんでした。この言葉が今よりもっと世の中に広まれば、救われる人は確実に増えるはずです。

 かつての自分と同じように苦しんでいる人を一人でも多く救いたい。その一心で、私は今日もカイロプラクティックの道を歩み続けています。

 皆さんの、カイロプラクティックを体験して起こった変化を教えてください! 皆さんの声が、カイロプラクティックで救われる人を助ける力になります。

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