生命とは「運動」であり、「記憶」である(カイロプラクティックのバイブルグリーンブックを読んで)
- 久喜市の姿勢改善ブログ
- 3 日前
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生命とは「運動」であり、「記憶」である(カイロプラクティックのバイブルグリーンブックを読んで)
カイロプラクティックの発展者、BJパーマーは言いました。 「Life is Motion(生命とは運動である)」
この言葉を聞いた時に、私の長年疑問に思っていたことが、更に深い理解へと昇華した気がしました。
「自分」はどこまでが自分なのか?
例えば、切り離された「爪」を想像してみてください。 切った瞬間、それは肉体の一部ではなくなります。
切る前までは爪を通して、物を触ったり、細かい作業を爪の先で行い、自己の一部として機能していました。
切り離された爪を観た時、それは自分なのか?長年の疑問でした。
BJパーマーの 「Life is Motion(生命とは運動である)」を聴いた時に
「その爪を見つめ、自分のものだと認識し、そこに意識を向けている間は、自己の一部としての運動が続いているのでは?」
私たちがその存在を完全に「忘れた」とき、初めてそれは自分ではなくなり、宇宙の塵へと還る。 映画『リメンバー・ミー』で語られる「二度目の死(忘れ去られること)」と同じように、生命の本質は、物質的なつながり以上に「意識の運動」にあるのだと感じます。
施術院に宿る「心」
私は2つの施術院を営んでいますが、この場所には「心」があると感じています。 単なる建物や箱ではありません。
患者さんを迎え入れる準備をする朝。
手を通じて神経のサイクルが整っていく瞬間。
施術が終わった後の、静かで満たされた空気。
そこには私の意志があり、患者さんの変化があり、絶え間ない「運動」が起きています。 BJパーマーの哲学に照らせば、この施術院という空間そのものが、私の生命の延長線上にあり、一つの「生きている場所」なのです。
「生命とは運動である」
そう考えるとき、私たちが誰かを想い、場所を慈しみ、意識を向け続ける限り、私たちの生命は肉体という限界を超えて広がっていきます。
今日もこの施術院という「心」が宿る場所で、皆さんの生命の運動をお手伝いできることを、心から嬉しく思います。






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