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カイロプラクティックのレシピ(その6)

更新日:4月25日

カイロプラクティックのレシピ(その6)

 時間というのは残酷なものです。誰しも平等に与えられているようでいて、その実は有限。 「どんな人と時間を共にするか」で、あなたの一生は変わります。あなたの一生はまだ続くかもしれませんが、あなた以外の人たちはどうでしょうか。別れは、ある日突然やってくるのです。


 私が詐欺に遭い、どん底にいた時。唯一連絡をしたのが、私をカイロプラクティックの道へと導いてくれた恩師・森林先生でした。 「この人なら助けてくれる」――そう縋(すが)る思いで電話をかけました。


 「森林先生、ご苦労さまです」 (先生の労をねぎらうため、あえてこの言葉を使っていました。) しかし、そこから先の一言がどうしても出ませんでした。

なぜ自分がこんな状況になってしまったのか。どこから話せばいいのか。情けなさと恥ずかしさが込み上げ、言葉にすることができなかったのです。

 私は一方的に電話をかけたまま、無言で立ち尽くしていました。 森林先生は、そんな私を突き放すことなく、電話を切らずにいてくださいました。受話器越しに、施術院の後片付けをしている音が聞こえてきます。 30分、あるいは40分ほど経った頃でしょうか。ようやく絞り出した一言は、


「……もう、どん底です」


 という言葉でした。すると先生は、 「そんなの、どん底じゃないよ」 と、すぐに突き返されました。 私はまだ何も事情を話していないのに、先生に何がわかるというのか――。苦しさに耐えかね、私はそのまま電話を切ってしまいました。


 それから一年ほど、私は森林先生と連絡を絶っていました。 各地のセミナーを渡り歩き、新しい師を求めていたのだと思います。しかし、心の中では分かっていました。「師匠は一人しかいない」のだと。

このままでは、大切な縁が切れてしまう。恩を忘れてはいけない。 そう思い至り、私は意を決して師匠のいる宇都宮へと向かいました。


 施術院に着くと、ちょうど最後のお客様を見送るタイミングでした。 道中、「何を話そうか」「どこから説明しようか」と頭を悩ませていた私に、森林先生は私の顔を見るなり、こう仰ったのです。


「前田くん、待っていたよ」


 その一言で、説明など何もいらなくなりました。なんて優しい師匠なのだろう。

「師匠、すみませんでした……」

それからは、なるべく師匠と時間を共に過ごすようにしました。 しかし、やはり時間は残酷です。ある日、師匠は私にこう打ち明けてくださいました。

 「実は、ステージ4のガンなんだ」 「生きていられるのが不思議な状態なんだよ」 「少し前から海外でも施術をしていたんだが、今の身体ではどうしても行けなくてね。私の代わりに行ってくれる人を探しているんだ」


私の答えは「はい!」の一言だけでした。


 そこからは特訓の日々が始まりました。 20代の若造が、言葉の通じない異国の地で何かを与えようとするならば、「本物」を創り上げるしかありません。 かつて私自身の人生を変えてくれた、あの技術――。森林先生の「ランバーロール」を極めるべく、私はひたすら自分を鍛え上げました。

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